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コトタマ


「敷島の山桜花」 2022/04

ここ数年のコロナ禍でお花見も手放しで楽しめない状態が続いています。

 お花見として観賞する桜の花はソメイヨシノ(染井吉野)といわれる改良された変種で、いわゆる花が一斉に散ってから葉の出る種類で、明治の初めごろから、急速に全国に拡まったものといわれています。

 敷島の大和心を人問はば
  朝日に匂う山桜花
というのは、江戸時代に国学四大人といわれた本居宣長が詠ったものです。

 宣長は伊勢松阪の人で、本職は小児科の町医者でありながら有名な歌人であり、儒学を修め日本の古き心をたずねて古典に精通し、終生かけて古事記伝四十四巻(古事記の訓読と注釈)を著して、当時国教化していた儒教や仏教に対抗して、日本の神随(かむながら)の道を鼓吹した国学者でもあります。

 山桜は花と葉が同時に咲きます。この敷島(日本の呼称とともに歌の道のこと)の歌を、画家の眼で描くとすれば、点々と花の咲いた緑の山に、黎明の朝の色をかけたクレパス的な柔らかなものとなり、和やかな希望をもった大らかな絵になります。それが歌に詠まれた大和の心の象徴です。決して花の散り際の美しさを讃えた絵にはなりません。

 明治以降、一般庶民の目に触れる桜は前述の散り際の鮮やかなソメイヨシノです。大和心の山桜がそれに代わり、やがて大和魂、日本精神となり、明治・大正・昭和の初めの軍国主義とともに、その散りざまの潔さが美化され強調されてきました。和やかで大らかな大和心が、撃って止まらぬ大和魂という敢闘精神にイメージチェンジされてしまいました。一つの言葉が、時勢とともにその本質を失って変貌していく錯誤を痛感します。

 今こそ言葉を正し、和やかで大らかな日本人の主体性を取り戻して、二十一世紀の精神文明の基礎とすべきときだと思います。

 

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